9月初旬、第4回沿海地方料理フェスティバルがウラジオストクで開催された。150人以上のシェフが集まり、訪問客は1万人を超えるなど、この種の催しでは極東最大規模を誇る。
バーテンダーや給仕といったさまざまな技能競技が行われる中、日本料理コンテストもあり、ロシアの取引先の紹介で審査員として参加した。同競技では、沿海地方から選抜された日本料理レストランや寿司バーのシェフ7人が刺身盛りや寿司盛りなどプロの腕前を披露。専門家ではない自分にも、皆からの日本料理に対する情熱が感じられ、優勝者への賞品贈呈の際に心からの「ありがとう」を伝えた。
フェスティバル会場では外食産業の見本市も開かれ、弊社が輸出に携わる新潟県産品などがブースの一角を占めた。審査後にブースで応対していると知り合いのロシア人ジャーナリストが「テレビ局が取材したいって」と、声を掛けてきた。テレビ取材は初めてだったので少々気が引けたが、「商品の宣伝にもなるかな」と承諾した。参加した感想や日本料理について一般的な質問に答えた後、新潟の商品についてもアピール。当日の夜には放送されると聞いたので、家に帰るなり、じっとその瞬間を待った。
ニュースが始まってすぐに、肩書のテロップに目が行った。「料理専門家クロス―」とあるではないか。名刺も渡し、一介の会社員と伝えたのに。しかも、インタビューからは商品を宣伝した部分もカットされていた…。
「しかし」と、ふと思った。ニュースの主題は自分ではなく、あくまでフェスティバルではないか。自分が幾らかでもロシアの人たちの役に立てたということだ。うれしいではないか。細かい間違いなど、どうでもよくなった。「ニチェボー!(まあいいや)」。思わず、言葉が口をついて出た。
2007/10/8 JSN 黒須 将道
※この記事は、新潟日報紙の「環日本海情報ライン」2007年10月9日掲載の記事を転載したものです。