「ハルビン、大連、北京を観光し、日本や韓国に行ったことがあるのに、モスクワやサンクトペテルブルグを一度も見たことがない。ロシア極東の若い世代にはこんな傾向が見られる」。ウラジオストク経済サービス大のシンコフスキー教授はこう指摘する。
改めて知人に尋ねてみたところ、中国や日本は何かと行く機会があるのに、「モスクワには行ったことがない」「行ったことはあるが、もう何年も前のことだ」という人がほとんどだった。
陸続きの中国、対岸の日本や韓国との経済交流が進むにつれ、ウラル以西のロシア欧州部との乖離が進行する。ロシア極東には、こうしたパラドックスが存在する。しかし、同教授は、こうした目に見える隔たりよりも、モスクワとロシア極東の人々の間のメンタリティの「相違」の方がむしろ深刻だと指摘する。
プーチン政権誕生とともに集権化が進み、貴金属や石油等の資源開発、林業、漁業などの利権がモスクワに移され、地方への補助金、僻地手当も縮小される傾向にある。住民の不満とモスクワへの不信は募る一方で、ただでさえ深刻な人口流出に歯止めをかける要素は何一つない。
とはいえ、現政権がこの問題を認知していないわけではない。プーチン大統領は昨年、一昨年と二年続けてロシア極東を訪問し、大型プロジェクトの実現、社会保障の充実など、大統領のリップサービスによる住民への「メンタルケア」を行っている。
任期中一度もロシア極東の地を踏まなかった前任者とは対照的な現政権のこうした政策の背景には、ロシア極東への影響力を強める中国への潜在的脅威感があると言われる。その意味において、日本の首相として初めて小泉首相がロシア極東を訪問する意義は大きい。中国への影響力を相対化する上で、日本の協力は欠かせないからだ。
ロシアが日本に望むものははっきりしている。ロシアへの投資だ。首相訪ロを前に、イルクーツクからナホトカに至るパイプライン構想に日本が参加を検討しているとの報道がなされたことについて、有力紙イズベスチヤは「日本の極東シベリアへの大規模投資というロシアの悲願が実現に大きく近づいた」と高く評価した。明るい話題の少ない日ロ関係において、このニュースが関係者に与えるメンタル面でのプラス作用は小さくないように思う。ロシアとかかわりを持つ一人の民間人として、この「悲願」が実現されることを願うばかりである。
2003/01/10 JSN 浜野 剛
※この記事は、新潟日報紙の「環日本海情報ライン」2003年01月掲載の記事を転載したものです。