ウラジオストクを走る車の数は10万台を優に超えた。そのうち日本製乗用車が80%以上を占めている。それらの日本車は中古の上、ウラジオの悪路を走るために寿命が短い。最近は寿命のきた車が街中に不法に投げ捨てられ問題になっている。
ウラジオ市内にはプレス機を持った工場がなく、30キロメートル離れたプレス工場に持ち込まねばならない。ウラジオ市も車の処置に頭を抱えている。
しかし、ポンコツ車も動かなくなったからといって「ただ」では捨てはしない。廃棄同然のポンコツ車のパーツやドアなどすべての部品は最利用される。特に最近は、車の輸入税が高くなったことから手に入りにくい中古車は、修理に修理を重ね大切に使うために、常に部品が必要となってくる。
最近、わが社のウラジオ事務所の車が動かなくなったため捨てようと考えていた。ところが、スタッフが「動かなくなった日本車も売れる」というので彼らに任せた。そして、この車が何と800ドルで売れてしまった。
実はこの車、中古車でそれをさんざん日本で使った上にウラジオで2年間頑張ってくれた代物。輸入税として800ドル払った車なので採算を通り越したようなものである。
これは車だけでない。コピー機やファックス機などもすべてリサイクルされる。ロシア人の器用さには感心させられている。
1996/10/29 JSN 田代 雅章
※この記事は、新潟日報紙の「環日本海情報ライン」1995年10月掲載の記事を転載したものです。