いまから10年前、スベトラーナ・プチェルニコバさん(39歳)とイリーナ・ミシャレバさん(36歳)は結婚して生活も落ち着き、お互い子供にもそれほど手がかからなくなったので、一緒に何か仕事をしたいと考え、話し合っていた。
「共産党の時代に育った私達は、ヘアースタイルは飾り気もなく、皆同じような髪型をしていた。でもどんな社会の女性でも、女性はいつも綺麗でいたい、ちょっと変わったヘアースタイルをしていたいと考えている、と思った」「イリーナさんと二人でヘアーサロンを経営しようと話し合い、計画にとりかかった。モスクワ中心部には既に沢山のヘアーサロンがあったので、住宅地域の地下鉄の駅一つ一つを調べ、駅前にヘアーサロンのない地下鉄駅という事で、今の場所を選び店を開いた」
二人は500ドルずつ出資して、その1000ドルで店の家賃、改装費、2台のサロン用椅子と道具類、そして美容専門学校卒業したての若い美容師2人を雇い入れ、ビューティーサロン「イメージサロン」をスタートさせた。店の評判は順調に広まって顧客も増え続け、開業から10年経った今では12人のヘアスタイリストを始め、マニキュア、ペディキュア、スキンケア、マッサージ等のスペシャリストら、計20人を雇うまでに成長している。
「開業当時は私達経営者2人も朝から夜遅くまで、1日中働き続けた」「開店当初のお客様は家族や友人にも来てもらい、口コミでなんとか営業を続けていた」経営が成功するかどうかと心配した時期もあったそうだが、とにかく2人で一生懸命働いたという。
しかし常に家族最優先で、決して家族を犠牲にはしなかったそうだ。ビューティーサロン経営の本をたくさん読んで勉強しながら、開業1年後に初めて地下鉄の駅に広告を出し、近隣のアパートビルにはチラシ等も配った。それが効果を出していろいろなお客様が来てくれるようになったという。開店間もないサロンを訪ねると、平日だと言うのに既に数人のお客様が入っており、ロビーで話を聞く間にも、男性二人を含め、幾人もの来客が次々と訪れた。サロンの営業時間は今でも朝9時から夜11時までの長時間営業だが、今は店も皆に任せ、仕事が順調にいっているかどうかを見るくらいになっている。
スベトラーナさんとイリーナさんは夫達が旧知の友人で、息子達も仲良しの友人となり、長年、家族ぐるみでのつきあいをつづけている。スベトラーナさんの夫は不動産会社の社長で、彼女の仕事にはとても協力的だそうだ。二人の子供のうち、長女は大学でファッションビジネスとメディアビジネスを勉強中。息子はまだ中学生だそうだ。スベトラーナさんは大学で経済を学び、イリーナさんはホテル経営の勉強をしたそうだ。二人にとってサロン経営は大学で学んだ事が役立っているという。
「イメージサロン」の店名の由来を聞いてみたら、「女性がきれいになりたい、違うイメージの自分になりたいと言う願望を手伝うと言う意味で“イメージサロン“と名付けた」という。サロンは女性男性両方に対応し、料金はヘアーカット600ルーブルから、スタイルによっては1000ルーブルくらいまで。
サロン経営も順調に成長を続ける今、スベトラーナさんとイリーナさんは第2号店オープンの準備を進めている。準備費用は3万ドルで、店の収益から貯金したお金でローン等は一切考えず、収益を再投資すると言う形にしたいそうだ。
ところで、スベトラーナさんにはもう一つの肩書きがある。
“President of the Club of Russian Dolls’ Collectors”「ロシア人形収集家クラブ会長」と言う私にはあまり馴染みのない肩書きだった。
「人形収集家クラブ」と聞いて私は「アンティークドール」を想像していたのだが彼女のクラブが発行する雑誌を見てビックリした。現代人形作家がポーセリン(磁器)や布、紙等のいろいろな材料で作る「アートドール」のことで、世界中にかなりの数のアーティストや収集家がいると彼女は説明してくれた。
2004年にスベトラーナさんとイリーナさんの他5人、計7人で始めたこのクラブ、現在モスクワに在住する人形作家だけでも500人以上、サンクトペテルブルグやエカテリンブルグ等の都市にも多くのドールアーティストが存在すると言う。このうち収集価値のある最高級の人形を作るアーティストはモスクワでは約100人ほどだそうだが、もちろん彼女もこのうちの一人だ。ロシア全体の収集家クラブメンバー数は既に1500人以上いる。
「私は子供の頃から物を作るのが好きで、身の周りにある物を使っていつも何かを作っていた」「2003年に人形作家に出会ってからは、人形制作を趣味として始め、今も会社経営の傍らで作り続けている」と彼女は嬉しそうに語ってくれた。今では自宅に窯を置いて収集価値のある質の高いポーセリンドールを造り続けているそうだ。
趣味の人形制作、収集を何とかビジネスにしたいと考えて、現在人形専門のギャラリー開設を検討中だと言う。「イメージサロン」共同経営者のイリーナさんもこの計画に賛成で「イメージサロン」2号店の計画も軌道にのり、10月頃にはオープンする予定のため、次の事業計画はこの「ドールギャラリー」開設が最優先になりそうだという。
隔月発行の「ミール・クコル(人形の世界)」と名付けられた雑誌にはアーティストの紹介を始め、スベトラーナさんが活動の一環とするチャリティー、病気の子供達を援助する「ライフライン」と彼女の人形収集家クラブが今年6月に共催したオークションなどの活動の様子が載せられていた。
このチャリティーオークションにはロシアの各界で活躍する人々に人形デザインをしてもらい、人形作家がそれを制作したと言うユニークな企画のチャリティーだったそうだ。150万ルーブルの成果を上げて、13人の子供の病気治療や、手術の費用を捻出したと言う。
結婚をきっかけに知り合い、二人でいろいろ話し合いサロンを共同経営をしながら次のビジネスチャンスの構想を練り、出来る範囲の中で、趣味を活かしながら楽しく、着実な事業展開をして行きたいと言う二人の姿勢は、昨今オイル景気に湧くロシアの経営者としては珍しいのかもしれない。 (2007年9月)