モスクワに赴任して1年目の冬は、マイナス20〜30度の日が1ヶ月以上も続き、寒かった。マイナス20度くらいになって空気が張りつめると青空が広がり、寒さを体験してみたくて、足首まであるウールのオーバーを着て勇んで出かけてみた。バスに乗ったら毛皮に身を包んだ知らないおばさんに話しかけられ、「こんなオーバーコートであなた寒くないの?」と同情的で不思議そうな顔をされたのを良く覚えている。
モスクワッ子の女性はオーバーコートを何枚も持っていて、気温が低くなるにつれて薄手のキルティングから、厚手のウール、ダウンコート、そして毛皮のコートへと着替えているようだ。。
街で出会ったエレーナさん21歳は教員を目指す学生。この日は暖冬が続いたモスクワに本格的な寒さが戻りはじめ、気温はマイナス15度前後。彼女は黒い毛皮の襟がついた黒サテン地の短めのダウンキルティングコートにきれいなブルーのスカーフを頭から巻いていた。同行の友人エレーナさん20歳は、オフセンターに長いチャックがついたシープバックスキンのコートを着ていた。エレーナさん21歳は「私達はいろいろなコートを気候にあわせて着ている。このようなダウンのコートはファッショナブルだし、シープスキンはもっと暖かい。私は学生で毛皮のコートは持っていないが、シープスキンのコートは持っているので、もっと寒くなればそのコートを着る。シープスキンのコートはとても暖かく、値段は毛皮に比べて安いので気に入っている。私の持っているコートは2000ドルくらい」と言う。
この1、2年目立って増えているのが、長いダウンのオーバーコート。特に若い女性の間で流行っていて、帽子とマフラーをコートに合わせておしゃれに着こなしている人を良く見かける。
しかし“シュウバ“と呼ばれる毛皮のコートは、依然主流のオーバーコートとして愛されているようだ。スーパーマーケットで買い物中に会った女性は、高級そうな黒い毛皮の足首まであるロングコートにお揃いの帽子をかぶっていた。彼女は「ファッションとして毛皮を着ているけど、暖かさの面ではダウンの方がずっと優れていると思う」と言う。安い毛皮のコートは “ルィノク”と呼ばれる巨大市場の露天でも売られていて値段も500ドルくらいからあるが、モスクワの中心地にはイタリア等から輸入の高級毛皮店も多くある。ロシア製の毛皮だけを扱い、数軒の店舗を持つ毛皮専門店で話を聞いてみると、客の中には、既に持っていても2着目、3着目と買いに来る人もいると言う。若い人には丈の短めのものが好まれるそうだ。値段は毛皮によりさまざまで、1000ドルから1万ドル以上するのもあり、良く売れていると言う。
しかし最近、動物愛護の立場から毛皮のコートを着るのをやめようという運動が広がりつつある。動物愛護団体が、毛皮のコートを集めて破棄し、毛皮コートの評判を落とす行動をするという記事がモスクワタイムスに載っていた。この行動には当然、毛皮産業関係者から「毛皮がなければ凍えてしまう」と言って反論を呼んでいる。動物愛護団体の主宰者は、賛同してくれるロシア人はまだ少ないが、今後だんだんと広がって行くはずだと言っている。ダウンか毛皮か。寒さの厳しいモスクワだけに、論争は加熱しそうな気配を感じる。(2007年2月)