JSNトップページ > ロシアな日々 > ウラジオ短信

ウラジオ短信

激動の日本象徴 TV局撤退

非常に残念なことだが、日本のテレビ局2社がこの春、ウラジオの事務所を閉める。そのうちの1社は、ウラジオが開放した1992年に民放として最初に支局を開設した「北海道テレビ(テレ朝系列)」。もう1社は地元新潟の「テレビ新潟(日テレ系列)」で、4月1日に閉鎖した。

どちらも初代の支局長から良く知っているだけに、悔しい思いをしていることと思う。

94年春、テレビ新潟がウラジオ支局を開設した際には、ウラジオから「ズームイン朝」を生番組で日本へ放送した。当時としては画期的な出来事であった。国際電話も良くつながらない当時、生中継で映像を送るという前代未聞の快挙をなし得たのである。

しかし当時、今日のように日本の企業がウラジオから次々に撤退することなど誰も想像できなかっただろう。
この8年、日本は激動期と言っても過言でないほどの変化を遂げた。特に、通信の発展が社会や人々の価値観さえも大きく変えた。それは、ある意味では躍動的だが、日本の伝統や習慣をも破壊しかねないほどの大きな影響力を持ったのである。

それに比べると、ロシア、特に極東の人々の暮らしぶりに大きな変化はない。どんな時代にも実に悠々と暮らしている。友人の誕生日といえばみんなで酒を飲んで祝い、休日は家族でダーチャ(菜園)で汗を流し、いつの時代もみんなが助けあって生きている。

この10年、日本とロシアを見てきて、どちらが本当に幸せなのか考え込んでしまう。

2000/04/11 JSN 田代雅章

※この記事は、新潟日報紙の「環日本海情報ライン」2000年04月掲載の記事を転載したものです。

<<ウラジオ短信一覧へ戻る



page top