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特別企画:大使に聞く 日露関係の現在と未来

 4月の安倍首相訪ロや、最近一連の大型案件や新分野での協力、あるいはロシアのアジア重視の姿勢に関するニュースが伝えられ、両国の関係発展への期待が高まっています。ですが実際には何が発展し、動いているのか、あるいは今後動くのでしょうか。日ロそれぞれの国の顔である両大使に書面インタビューにて伺いました。

インタビュー:原田親仁 駐ロシア日本国特命全権大使

 

*原田親仁 (はらだちかひと)
駐ロシア日本国特命全権大使

 1951年4月21日生まれ。1974年、東京大学経済学部卒業、外務省入省。欧亜局ロシア課長(94〜96年)、駐連合王国公使(98〜99年)、駐中華人民共和国公使(03〜05年)、欧州局長(05〜08年)、駐チェコ大使(08〜11年)を歴任し、2011年3月から現職。

最近の日露関係や今後についてどのようにお考えですか?

 これまで、日本にとって「近くて遠い国」とされてきたロシアですが、ここ数年、経済分野においては当地進出企業によって構成されるジャパン・クラブの法人会員企業数が193社(2012年12月時点)にのぼるなど、着実に進展を見せています。日本企業との協力を志向するロシアの地方都市等が、日本大使館で行われているジャパン・クラブ定例会(毎月開催)でのプレゼンテーションを希望する長いリストができています。
  同時に、質の面からも、日露の経済協力は大きな転換期を迎えています。日露経済関係においては、長年にわたり、ロシアからエネルギーや木材、水産物等の一次産品を輸入し、日本から自動車や電化製品を輸出するという画一化された構造が維持されてきました。しかし、4月末に行われた安部総理訪露の際に開催された日露フォーラムでテーマとなったのは、@都市環境・省エネ、A医療、B農業・食品などの全く新しい分野でした。ロシアの大型連休の前日にもかかわらず、500名近い企業関係者他が参加し、活発な議論が行われました。このように日露経済関係は、深化・多様化しています。

日露経済関係をさらに発展させるためには何が必要ですか?

 日露経済関係は発展傾向にあり、昨年貿易額も過去最高を記録しましたが、両国の潜在力に見合った水準には達していないというのが、日露双方の共通した認識です。その一因として、ロシア側の煩雑で分かりにくく時間のかかる行政手続といった国内法制度上の問題が指摘され、また、それらも背景に日本のビジネスマン、とりわけ、日本の本社における企業トップのロシアに対するイメージに遅れも指摘されます。
そこで、日本人ビジネスマンがビジネスを行う環境を整備すべく、昨年11月のシュワロフ露第一副首相訪日の際に開催された貿易経済日露政府間委員会において、日本企業がロシアで直面する制度上の問題につき検討を行う作業部会を設置することが決定され、第1回会合が2013年3月に開催されました。同作業部会では、日本人ビジネスマンにとって制約となっている一時的労働行為等の問題を取り扱い、制度の改善に向けた具体的議論が行われています。
  また、2012年夏のWTO加盟は、ロシアにとって大きなステップであり、関税の引下げや市場開放といったビジネス環境の整備につながることが期待されています。こういった期待が、4月の総理訪露の際の、質量共に過去最大規模の経済ミッションの同行につながったとも言えるでしょう。約30名のCEOを含む約120名の経済関係者の同行は、ロシアとの協力強化に対する日本ビジネス界の関心の大きさを如実に示すものでした。こういった気運を後押しし、日露経済関係を確実に深化・拡大すべく、政府としてもしっかりとサポートしていきたいと考えています。

総理訪露後、訪露の際に取り上げられた「都市環境・省エネ」、「医療」、「農業・食品分野」の3分野を含め、日露経済関係全般において新たな動きはありますか?

 総理訪露の際に署名された民間企業が進める案件の中には、早速進展が見られるものがあると承知しています。たとえば、署名案件の1つであったガスプロム向けガスタービン設備の納入案件については、川崎重工、双日、エネルゴテクニカ社間で6月5日に契約調印に至りました。また、同じく別の署名案件で北海道銀行が関与するアムール州における農業協力については、大豆の種まきが始まるという報道がありました。同時に、総理訪露後も、ロシア・オホーツク海北部大陸棚マガダン州に位置する探鉱鉱区における、国際石油開発帝石(INPEX)とロシア最大の国営石油会社ロスネフチとの協力が公表されるなど新たなプロジェクトが生まれており、嬉しく思っています。また、医療分野でも北斗病院が関与する画像診断センターが5月末にウラジオストクに開設されており、着実な進展が見られます。この関連で、総理訪露の際に創設に合意された、JBICと露対外経済銀行(VEB)、露直接投資基金との間での10億jのプラットホームが、日露協力案件の進展に果たす役割に期待しています。
  加えて、日本政府は、ロシアの極東・東シベリア開発における日露協力において、エネルギー等の第一次産業のほか、運輸といった分野でのインフラ案件を含め、日本企業の参画が可能となるような互恵的な案件が形成されることを期待しています。極東・東シベリア地域における協力開発に関しては、官民交えた協議を行うことが合意されており、そういった協議の場を活用して、具体的な協力の方法等について協議を進めていきたいと考えています。

2011年3月の大使着任から2年余りが経ちましたが、印象的な出来事は?

 年々拡大し、多様化する日露関係を担当することは、チャレンジングなるも楽しい仕事であり、この2年間、実に様々なことがありました。印象的な出来事も数多くありましたが、中でも特に印象に残っているものとしては、2012年のウラジオストクAPEC、そして本年4月の総理訪露を挙げることができます。
  2007年、プーチン大統領が開催を発表して以来、準備が進められたウラジオストクのAPECは、本番でのプーチン大統領の議長振りが素晴らしく、WTOで長年合意できなかった困難な課題である環境物品リスト(54品目)に合意することに成功しました。また、日露関係においても、プーチン大統領が、極東初の日本車工場であるマツダ工場の開所式に飛び入りで参加する等、日本がロシア極東で進めてきた協力の成果を大きくプレイアップする良い機会となりました。また、APEC開催を契機として生まれた数々の日露プロジェクトは、極東における日露協力の好例となっています。
  日本の総理の公式訪問としては実に10年ぶりとなった4月の総理訪露は、日露首脳会談に加え、同行する大型経済ミッションに関する多数のイベントを同時に実施するという、準備をする側からすれば様々なハードルのあるものでしたが、経済ミッション関連のイベントはいずれも盛況で、成功させることができました。日露首脳会談では、日露間の最大の懸案である領土問題に関し、両首脳が、双方の立場の隔たりを克服し、問題を最終的に解決することにより平和条約を締結するとの決意を表明し、平和条約問題の双方に受け入れ可能な解決策を作成する交渉を加速化させるとの指示を、各々の外務省に対し共同で与えることで一致しました。領土問題についての両国の立場にはいまだ大きな隔たりがありますが、両国間に信頼関係に基づく真の友好関係を構築するためにも、この問題を解決して平和条約を締結することがこれまで以上に必要であり、今回の首脳会談は、近年停滞気味であった交渉を、再開し加速化させることになり非常に意義深いものでした。
  政治、経済等幅広い分野で関係を進展させ、アジア太平洋地域でのパートナーとしてふさわしい関係の構築を目指すことは、両国にとっての利益であり、大使として、引き続き諸課題に取り組んでいきたいと考えています。

日露の文化交流の現状についてはどのように評価していますか?

 文化交流は両国国民間の相互理解の増進の基礎を成すものです。前述の日露首脳会談でも、安倍総理とプーチン大統領は、文化交流の拡大により、両国国民間の相互理解及び信頼を更に深化させることが重要な意義を有していることにつき意見が一致しました。
  在ロシア日本国大使館は年間を通じて様々な文化事業を開催しています。例えば、折り紙教室や生け花講習会など規模の小さな事業から、日本人看護婦とロシア人将校の恋愛を通して「心の国境」を越えることをテーマにしたミュージカル「誓いのコイン」公演や、来場者数1万5千人を超える現代日本文化フェスティバル「J-FEST」など、伝統文化からポップ・カルチャーまで幅広く日本文化を紹介しています。また、日本においても毎年ロシア文化フェスティバルが開催されており、好評を博していると聞いています。
近年、日露両国の間には良い雰囲気が醸成されており、関係を強化・拡大する上でまたとないチャンスが巡ってきていると感じています。このような流れを更に前に進めていくためにも、現状の文化交流のレベルに満足することなく、今後も質・量ともに文化事業を充実させていきたいと考えます。

今後、どのような文化・交流事業を開催して、両国国民の相互理解を深めていくおつもりですか?

 前述の日露首脳会談では、食文化、スポーツ・武道、教育・学術等の分野での交流事業の重要性につき意見が一致しました。ロシアでは日本食の人気がとても高く、日本食はもはや一過性のブームではなく、ロシア人の日々の食生活の一部としてロシアに定着していると言っても過言ではありません。また、プーチン大統領が柔道六段の腕前であることに加え、昨年のロンドンオリンピック柔道競技において、金メダルを最も多く獲得したのはロシアでした。
 このようにロシアには既に日本文化を受け容れる豊かな土壌があります。そして、日露間には、ロシアの人々に日本文化をより深く知って頂くための様々なプログラムが用意されています。今般署名に至った文化センター設置協定をはじめ、1999年から着実に成果を上げている日露青年交流事業、2014年を「日露武道交流年」とするとの決定、既に3回実施され、今後も継続・発展していくであろう日露学長会議など、枚挙にいとまがありません。
 具体例を挙げれば、本年秋には毎年恒例の「日本の秋」が開催されますが、そのオープニング事業としてアンドロイド劇を実施する予定です。これは、ロシアを代表する劇作家A.P.チェーホフの作品である「三人姉妹」を現代風にアレンジし、日本のロボット技術の粋を集めて作った人間そっくりのロボット(ジェミノイド)が人間の俳優と共に舞台で一つの劇を演ずるという試みです。
また、第5回目となる本年のJ-FEST 2013では、ファッション、アニメ、音楽、マンガ、コスプレ、舞台芸術、ダンス、メディア芸術など現代日本文化を総合的に紹介する予定です。特に本年は、安倍総理のロシア訪問でもその重要性が指摘された「食の文化」について、幅広く関係者の協力を得て日本食の魅力を伝えるものにしていきたいと考えています。

J-FESTにて墨絵を楽しむ人々 (写真提供:在ロシア日本国大使館)

ロシアに興味を持っている若い人たちに一言お願いします。

 一昔前と比べて、ロシアはとても近い国になりました。昔の学生は、ドストエフスキーやトルストイなどのロシア文学を読んだりして、ロシアのイメージを膨らませたりしましたが、今ではインターネットを使ってすぐにロシアの情報を調べることができます。そして、成田空港からはモスクワに限らずハバロフスクやウラジオストクなど極東の都市への直行便が週に何本もあります。政府としても様々なプログラムを用意して交流の後押しをしたいと考えていますし、国際交流基金(www.jpf.go.jp)や日露青年交流センター(www.jrex.or.jp)もお力になれるはずです。しかし、主役はあくまで皆さんです。ぜひ、若い方々にロシアまで足を運び、自分の体でロシアを感じ、ロシア人との交流を深めてもらえればと思います。将来の両国関係を背負うのは、日本とロシア双方の若者です。

ロシアビジネスの新規開拓や拡大を検討している企業の現場担当者・経営者たちに一言お願いします。

 日露ビジネス協力のポテンシャルは非常に大きく、前述のとおり、ロシアにおけるビジネス環境も確実に改善してきています。日本大使館としても、ロシアでビジネスを行う日本企業を最大限支援すべく努力していく所存であり、またロシアに6ヶ所ある日本センターを通じての支援も可能です。何かあればお気軽に御相談いただければ幸いです。

 なお、本稿は筆者の個人的見解に基づくものです。




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